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ことばの力とサッカー日本代表の次期監督

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ワールドカップはこれから

 コロンビア戦の前に「なんでテレビはこんなにワールドカップ一色なんだ。いい加減にしてほしい」とぼやいている人がいました。

 V9時代のジャイアンツをよく知るプロ野球世代の方でした。

 たしかにワイドショーもスポーツニュースもワールドカップばかりでした。

 でもV9時代のジャイアンツを知り,読売新聞の勧誘員からプロ野球の入場券の代わりに日本リーグの読売対日産の入場券をもらったことのある世代の人間なら知っています。

 「ワールドカップ開催中なのに,なんでスポーツニュースはプロ野球ばかりなんだ。いい加減にしてほしい」とぼやいていた時代があったことを…。

 そういう時代を知っている人間にとっては,日本代表が敗れ去って,サッカーのニュースが激減したここからが,いかにもワールドカップらしいワールドカップです。

 日本が仲間に入れてもらえず,世界的なスポーツの祭典であるにもかかわらずマスメディアがちっとも伝えてくれない,よそよそしくて敷居が高い,見えているのに遙か彼方にあってまるで満月のように輝く,手の届かない場所で繰り広げられているからこそ魅惑的でエキサイティングなワールドカップなのです。

日本サッカーと言語技術教育

 10年ほど前につくば言語技術教育研究所の三森ゆりかさんの講演を拝聴する機会がありました。

 日本サッカー協会のコーチングスタッフや選手に言語技術講習をはじめたばかりの頃でした。

 サッカーの技術向上や戦術理解のためには言語技術の向上が不可欠であることを認識し,そのための具体的な手立てとしてJFAアカデミーの「コミュニケーションスキル講座/言語技術」を立ち上げたのは,長年にわたり協会の教科担当ポストを歴任した現・日本サッカー協会副会長の田嶋幸三さんです。

 旧西ドイツのケルン体育大学へ留学してコーチライセンスを取得し,筑波大学助教授や大学サッカー部コーチをつとめ,さらにはU-15やU-19日本代表の監督をつとめた理論家らしい目の付け所で,言語技術教育を日本サッカーのレベルアップに活用しようという発想に感服したのを覚えています。

 「香川真司も実践している?世界で輝くためのコミュニケーション・スキル」という記事の中で,三森ゆりかさんはこう言っています。

 「サッカーは論理のスポーツです」
 
 自身も中学・高校をドイツで過ごした三森先生は言います。
 
「私がドイツにいた時期はまさに西ドイツの全盛期。私が見たサッカーは、選手がみな論理で動いていました。実況や解説でも「論理的」という言葉が頻繁に出てくる」
 
 サッカーに限らずドイツをはじめとするヨーロッパ各国では、言語技術に基づく論理的思考を子どもの頃から叩きこまれ、自分の意見を自分の言葉で論理的に説明できるように教育されているそうです。
 
「考えてみればサッカー強国と呼ばれるドイツ、フランス、スペイン、オランダはみんなこういう教育を行なっている。帰国して強く感じたのは日本ではこういう教育が行われていないということです」
 

 10年ほど前に私が聞いた講演でも,日本の言語技術教育がいかに立ち後れているかという話をしていました。
 
 東京12チャンネルで放映されていた三菱ダイヤモンドサッカーで,金子勝彦さんの名調子と岡野俊一郎さんのロジカルな解説を聞きながらレベルの高いサッカー先進国のゲームを見て育った私にとっては,「なるほど~」と感じ入る話でした。

サッカーと通訳

 そんな日本サッカー協会が,ザッケローニ監督の後任に,またしても外国人監督を起用しようとしていることが私にはどうにも腑に落ちません。

 ザッケローニ監督は,ワールドカップの敗戦に際して「何かを変えることができるのであれば選手のメンタルの部分だ。技術や戦術ではなく、選手のメンタル面にもっと取り組んでおけばよかったと思う」という意味のことを語ったそうです。

 メンタルを動かすにはことばです。

 「最後は金目でしょ」とか「早く結婚した方がいいんじゃないか」などのような短いことばが,時にはメンタルどころか,多くの人の感情を揺さぶり,社会を揺るがします。

 かつてWBCでイチローの心が奮い立ったのは,侍ジャパンの辰徳監督「おれはイチローが見たいんだ」ということばを使ったからこそです。

 「君のいつものプレーが見たい」とか「あなたらしいプレーをしてほしい」ということばでは,イチローのメンタルは動かなかったでしょう。

 ザッケローニ監督が何を語りかけようとも,通訳のことばが力を持っていなければ選手のメンタルは動きません。

 英語ならまだしも,フランス語やイタリア語を理解できる代表選手はほとんどいないでしょうから,監督が選手のメンタルに働きかける上で通訳の果たす役割は重要です。

 「君のいつものプレーが見たい」「おれはイチローが見たいんだ」という表現の差異に自覚的で,それをその場に応じて自在に駆使できるような有能な通訳がいない限り,あるいはそういう役割を果たせる日本人コーチがサポートできない限り,外国人監督の良さを生かすことはできないのではないかという危惧を持ちます。

 ヨーロッパからやってきた監督のことばを,ヨーロッパ由来の言語技術を学んだ通訳が翻訳して伝えるというやり方で,日本人選手のメンタルをどこまで動かせるのかというあたりが心配です。

 日本サッカー協会が日本人の中から監督を選ぶのは難しいのでしょうか。

 でも,日本人が代表監督の経験を積み重ねていかなくては,日本サッカーはいつまで経っても世界に追いつけないのではないでしょうか。

 ザッケローニ監督の年俸は2億円を超えるらしいですが,日本人ならそんなにお金をもらわなくても,命がけで監督業に取り組むのではないかと思うのですが…。


付記

 田中将大投手から決勝ホームランを打ったレッドソックスのナポリ選手の失言が,アメリカで物議を醸しています。

 ダッグアウトで出迎えられる際に「What an idiot!!(なんてまぬけな)」と口走ったというのです。

 Yahoo!ニュースによると,「あいつは俺に直球を投げてきたよ」と続け,その音声はFOX局の全米中継で拾われて何度もリプレーが放映されたそうです。(マー君にV弾選手 まぬけ発言


 「なんてまぬけな…あいつは俺に直球を投げてきたよ」という日本語訳を読む限り,まあそんなに目くじらを立てなくてもいいんじゃないかと思えます。

 ただ,実際の音声を聞くと,Fで始まる別の単語も使われていて,どうもかなり下品で挑発的な表現になっているようです。

 やはり,英語で言われると腹が立つ表現であっても,日本語に“翻訳”されてしまうと,あまり腹が立たない(心が動かない)ということはあるんだなと思った次第です。
 

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