Quantcast
Channel: BUNGAKU@モダン日本
Viewing all articles
Browse latest Browse all 147

滑走路に咲くクローン桜―団塊のソメイヨシノ考

$
0
0
 
イメージ 1


桜ソングとソメイヨシノ

 大震災が起こるちょうど1ヵ月前の2011年2月11日に「桜ソングと無縁社会」という駄文をエントリーしました。

 同じ時代を生きているはずなのに,まるでパラレル・ワールドのようにそれぞれが別個の世界を生きている現代人が,何とか共有することができそうな場所を探し求めて書いた記事でした。

 今年も,GReeeeNの「桜color」や湘南乃風の「さくら~卒業~ feat.MINMI」など,新しい桜ソングがリリースされていて,文化としての桜が抱え込む歴史的な蓄積はますます厚みを増しています。

 とは言え,21世紀を生きる日本人の多くが愛する桜(=ソメイヨシノ)が積み重ねてきた歴史な蓄積に限って言えば,意外と底の浅いものであることは,しばしば見すごされています。

 ソメイヨシノが生まれたのは,およそ150年ほど前の江戸末期から明治初期のことです。

 しかも種子で増えることがなく,接ぎ木でしか繁殖しないクローン種であるために,自生するソメイヨシノというものは存在しません。

 私たちが見ているソメイヨシノは,すべて人工的に植樹されたものです。

 公園や学校,街路や河川敷など,土地を整備する事業を行った時に,ほぼ同じ樹齢の若木が植樹され,同じように育ち,同じように朽ち果てていきます。

 また,接ぎ木でしか繁殖しないクローン種であるために,気温や日照などが同じ環境であれば同時に花を咲かせます。

 だからこそ,ソメイヨシノの並木道には,見事な花びらのトンネルや花びらのじゅうたんが出現し,私たちの目を楽しませてくれるのです。

 無粋な言い方になりますが,桜ソングに歌われているのは,古典文学に描かれている桜とは別物の,人工的なクローン桜なのです。

 現在,日本各地でたくさんのソメイヨシノを見ることができますが,150年前にはほとんど皆無だったわけで,明治・大正・昭和と時代を重ねるうちに,2倍・4倍・8倍・16倍…というような感じで,言わば等比級数的にふえてきたものです。

 ですから,桜ソングブームが起こるずっと前,たとえば50年前には,ソメイヨシノの見事な桜並木を見ることができる場所は,おそらく今よりもずっと少なかったはずです。

 つまり,私たちがイメージするような桜前線の北上と,日本列島各地で一斉に花を咲かせる桜が演出する春のイメージは,たかだかここ半世紀ほどの間に定着してきたものに過ぎないわけです。

滑走路に咲くソメイヨシノの大樹

 
 
イメージ 2


 先日,国際基督教大学(ICU)に行ってきました。

 それはそれは見事な桜並木があり,この季節には観桜会を開催してキャンパス内に一般の人が立ち入ることを認めています。

 正門からまっすぐにキャンパス内をつらぬくマクリーン通りの両側には,見事な大樹が立ち並び,一斉に花を開かせていました。

 あいにくの花曇りでしたが,晴れ間がのぞくと花びらの色が鮮やかに浮かび上がり,それはそれは圧倒的な桜並木でした。

 じつは,これだけ広々としたまっすぐな道に桜が植えられているのには訳があります。

 ICUの関係者にはよく知られた話ですが,この場所はかつて中島飛行機という軍需企業の研究所があった場所です。

 富士重工業(SUBARU)の前身である中島飛行機がこの場所につくった三鷹研究所の建物と敷地をそのまま利用してつくられたのが,1953年に設置された国際基督教大学(ICU)なのです。

 現在はICUのキャンパス内を終点とする路線バスも行き交うこのアスファルトの道は,どうやらかつては滑走路としての機能もあわせ持っていたようです。

 つまり,軍用機を生産していた軍需企業の滑走路に,戦争が終わった後に平和への祈りをこめて植えられたのが,このソメイヨシノの並木なのです。

 おそらく樹齢60年を越えたソメイヨシノたちは,今を盛りと咲き誇っていました。

ソメイヨシノの寿命が尽きる時

 クローンであるためか,ソメイヨシノの寿命はそれほど長くないと言われています。

 一説には60~70年。

 100年を越える古木はほとんど現存しないと言われています。

 もしも寿命が70年ぐらいだと仮定すると,ICUのソメイヨシノたちは,クローンであるがゆえに,ほぼ一斉に天寿を全うすることになります。

 創立以来ずっと愛されてきた見事な桜並木が,わずか数年のうちに一気に姿を消してしまうかもしれないのです。

 ICUのマクリーン通りのように,戦後まもなく平和への祈りを込めて整備された日本中の街路や公園のソメイヨシノも,いっせいに朽ち果ててしまうのかも知れません。

 クローンゆえの悲劇。

 ちょっと恐ろしい感じがします。


 しかしながら,ソメイヨシノの150年の歴史を考えると,こんな風にも考えられます。

 そもそも自然交配で自生することのないソメイヨシノは,街路や公園などがある都市部に植樹される桜です。

 しかも20世紀半ばにはまだそれほど膨大な数のソメイヨシノが植樹されていたわけではなかったでしょう。

 そういう状況の中で戦争が起こり,日本の大半の都市は空襲に遭って焦土と化しました。

 植樹されていたソメイヨシノも,そのほとんどが空襲によって焼けてしまったり,傷ついてしまったり,大きな被害を受けたはずです。

 だから,樹齢100年を越える古木がほとんど現存していないのは,当然のことなのです。

 見方を変えると,日本全国のソメイヨシノは,そのほとんどが戦後生まれ。

 これは当てずっぽうですが,戦後復興期と高度成長期に植樹のピークが2つあって,それはちょうど第一次ベビーブームと第二次ベビーブームと重なっている可能性があります。

 樹齢70年近い古木たちの風格ある桜並木と,樹齢30年余りの線の細さが残る壮年期の桜並木。

 人間と同じように,突出して多くのソメイヨシノが,2つの世代にわたって日本全国に咲き誇っているのだとしたら…。


 家族とふらりと散歩をして,近所の川の両岸に咲いているソメイヨシノを眺めながら,そんなことをつらつらと考えていました。
 
 
イメージ 3


Viewing all articles
Browse latest Browse all 147

Trending Articles



<script src="https://jsc.adskeeper.com/r/s/rssing.com.1596347.js" async> </script>