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相馬高校での群読の授業と東北電力の町―震災記(18)

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相馬高校の土曜講座

 私が福島県立相馬高等学校を訪れたのは,東京大学医科学研究所立命館大学教育研究研修センター学習評価研究所世界こども財団の支援を受けた授業奉仕のためでした。

 「土曜講座」と名づけられたプログラムで,5月に開成中学・高校の石川勝也先生(地学)が,7月には京都大学アメリカンフットボール部前監督の水野彌一先生が特別授業を行いました。

 石川先生は「自分たちをとりまく世界がどうなっているのか,そして世界の中心は存在するのか,人間はどういう存在なのか」というような問題を通して,相馬高校の生徒たちにメッセージを送ったそうです。

 水野先生は,高校生たちを体当たりで励まし,勇気づけ,真っ直ぐに目を見て語りかけ,身心ともに鼓舞するような講義だったと聞きました。

 いったい私に何ができるのか。

 そもそも相馬の高校生たちが何を求め,何を考えているのかが全くわからない状況で,やり直しのきかない120分間の授業をすることについては,とても大きな不安がありました。

 「やります」なんて言わなきゃよかった…という後悔も頭をもたげました。。

 不安を感じながら,それでも自分にできることはいったい何かということをつきつめていったら,何らかの「義」を「講」ずるということような大それたことは諦め,彼らと私とのあいだに言葉を置き,その言葉を少しでも共有することができればそれでよいのではないかと考えるに至りました。

 選択したのは「群読の授業」でした。

群読の授業

 簡単に自己紹介をしてから発声練習をしてアイスブレイク。。。

 「マメモ,ラレロ,パペポ…」 「ブラジル人のミラクルビラ配り」 「水馬赤いな。ア、イ、ウ、エ、オ。浮藻に子蝦もおよいでる。…ずりずり頬ずりヒゲ親父。ごりごり骨太ゴリマッチョ。…ラミパスラミパスルルルル…」etc.

 とてもしっかりと声を出してくれて,気持ちが前向き,笑顔も出て,感受性が豊かな素晴らしい高校生たちであることが,すぐにわかりました。

 不安が一気に吹っ飛びました。

 そのあと,いくつかの詩が印刷された紙を配りました。

 たとえば,こんな詩です。

  月夜の浜辺        中原中也

 月夜の晩に ボタンが一つ
 波打際に 落ちていた。

 それを拾って、役立てようと
 僕は思ったわけでもないが
 なぜだかそれを捨てるに忍びず
 僕はそれを、袂に入れた。

 月夜の晩に、ボタンが一つ
 波打際に、落ちていた。

 それを拾って、役立てようと
 僕は思ったわけでもないが
    月に向かってそれは放れず
    浪に向かってそれは放れず
 僕はそれを、袂に入れた。

 月夜の晩に、拾ったボタンは
 指先に沁み、心に沁みた。

 月夜の晩に、拾ったボタンは
 どうしてそれが、捨てられようか。

 群読では,この詩のほかに,高見順の「われは草なり」と町田康「うどんを食べたい」を取り上げました。

 これらの詩について,技法を分析するとか,言葉の置きかえによって解釈を試みるとか,作者の気持ちを考えるとかという回り道をたどらずに,ただただ仲間と一緒に声に出して読むこと,どういう風に声を合わせて読めばよいのかを考えることだけに気持ちを向け,詩の言葉とじかに向き合ってもらいました。

 結果として120分間,相馬高校の生徒たちの声が教室に響き渡り,同じ詩を何度も何度も声を通して味わう体験をすることができました。

 短い時間であったにもかかわらず,1人で読むところ,2人で読むところ,全員で読むところなどの効果的な分担の仕方を話し合い,読むスピードやリズムを工夫し,立ち位置や身ぶりを考え,それはそれは見事な群読を作りあげてくれました。

 予想をはるかに超えた素晴らしいパフォーマンスでした。

 最後に私は少しだけ時間をもらって,言葉が使い捨てになりがちな昨今,くり返し読むに耐える強度をもった言葉を見つけて,何度も同じ言葉に向き合う体験を持つことの大切さについて語りました。

 言葉は時空を超えて人と人とを結びつけるのだということも話しました。

 それから,声を和することは,人間にとってともに今ここにあることの喜びを感じることのできる大事な体験であり,そういう時間を共有できてとても嬉しかったということを伝えました。

 結局はあれこれと語ってしまいました。

 群読の授業をした日の午後に地元の方の案内で浪江町請戸を訪れたわけですが,振り返って見ると,茫漠とした大地の恐ろしいぐらいの静寂とは正反対のものを相馬高校の教室に高校生たちは作り出してくれたことになります。

 請戸集落の交差点に立ちながら,私はじつはそういうものを求めて群読をしたのだなと思ったのでした。

 教室を後にするとき,「ありがとうございました」とか「ノナカ先生,さようなら!」などと笑顔で声をかけてくれた彼らの心の中をつぶさにうかがい知ることはできませんが,とにかく自分にできることを,できる範囲内で精一杯にやったという気持ちになることはできました。


私が見た光景の断片

 相馬高校の生徒たちと別れた後に見た光景の断片を,ここにクリップしておきたいと思います。

 遠くに福島第一原発が見える浪江町請戸の光景とともに衝撃的だったのは,津波の被害を受けていないにもかかわらず,住む人を失って静まりかえった町の光景でした。

 
イメージ 1


 南相馬市にある常磐線の小高駅の南側の線路です。

 この線路の先に浪江駅や双葉駅があります。

 左側の木立の方向に15キロほど行くと福島第一原発があります。



 車も人も通らなくなって久しい路地に,庭から伸びた百合の花が道をふさぐように咲いていました。

 10キロ圏内の内匠町の辺りです。

 
イメージ 2


 路地の先には主のいない家々が続いています。

 崩れ落ちた大谷石の塀や夏草が生い茂った庭,赤錆びた鉄工所やひしゃげた屋根。



 そんな光景が広がる静まりかえった町に,当たり前ですが,電線が張り巡らされたままになっています。

 
イメージ 3


 
 他に広告主は見つからず,震災以降もそのまま放置されてきたということなのでしょう。

 「地域とともに 東北電力」という広告板が至る所にありました。


 なにか,あまりにも“場違い”でした。



 人差し指を立てた谷垣総裁の姿があしらわれた「もう一度 いちばんの日本へ」という自民党のポスターも,まったくもって“場違い”な感じでした。

 
イメージ 4


 もちろん震災前のポスターです。

 自民党が大敗を喫して,民主党政権が生まれた後の参院選(2010年7月)のポスターです。



 そして,私が宿泊した相馬市内の星槎寮には,電気料金値上げのちらしが届いていました。

 
イメージ 5


 9月1日から「平均値上げ率8.94%(ご家庭などの規制部門)」の電気料金値上げを実施するという通告です。

 申請した料金の前提となっている原価については、国の審査を受け、人件費や燃料費などの費用を減額しました。
 この結果、値上げ率は申請時の11.41%から平均8.94%となりました。

                                東北電力株式会社

(つづく)

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